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Archived no.011
INTERVIEW

白木栄世が森美術館「学校と美術館のためのプログラム」で目指す、新たな教育のあり方

東京・六本木にある森美術館では、「学校と美術館のためのプログラム」と呼ばれる、教育現場で指導する方のためのラーニング・プログラムがある。また、美術館の20周年記念展として企画された「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」は、タイトルの通りラーニングが企画の根幹に据えられた展覧会だ。こういった特徴的な企画を、森美術館はどのような思想のなかで行っているのか。同館でアソシエイト・ラーニング・キュレーターを務める白木栄世に話を聞いた。
聞き手=田尾圭一郎 構成=さつま瑠璃

教員と共につくられるプログラム

──純粋な鑑賞者向けではなく学校関係者に向けたラーニング・プログラムは珍しいのではと思います。どのような内容なのか教えていただけますでしょうか。

学校関連のラーニングは「学校と美術館のためのプログラム」と「学校プログラム」の2本立てで行っています。前者は展覧会を授業に取り入れたいと考える教員向けに、美術館を体験しプログラムを検討してもらうためのもの。後者は実際に生徒向けに行われるものです。「学校と美術館のためのプログラム」を受講した先生に必ず「学校プログラム」を行っていただくわけではありませんし、「森美術館(*1)の展覧会を絶対使ってください」と求めているわけでもありません。教員の方ご自身が体験して得られた何かを授業で活かすのは、もしかしたら森美術館のような距離の遠いかもしれない場所にある美術館ではなくて、身近にある美術館でもできるのかもしれません、というのが前提です。

もちろん森美術館を希望される場合には出張授業のようなプログラムもありますし、いまでこそ展覧会鑑賞はオンラインでもできます。鑑賞という体験で何を児童や生徒さんたちにもたらしたいのか、日常の授業なのか美術館でなのかとか、このクラスにはこういう言葉掛けをしたいだとか、それぞれに寄り添いますよというのが、「学校プログラム」として私たちが心がけていることです。順番としては「学校と美術館のためプログラム」を体験された後に、このプログラムをどう活かせますかという問いかけを行っています。

2023年7月28日開催 学校と美術館のプログラム((「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館、東京、2023年)
撮影=田山達之 画像提供=森美術館

先生方からは活動要件を聞きながら、「ワールド・クラスルーム展(*2)に期待していることがあればお聞かせください」と伝えています。この展覧会は特に、「学校プログラム」への申し込みが多く、おそらく2003年の開館以来でいちばんの数字になりそうです。ただ、ポップなポスターやチラシに対して現代アート直球の展覧会なので、ギャップを感じられる先生も多いですね。

学校に通う世代を対象にしたプログラムの例をお伝えすると、アート・キャンプ「ワールド・クラスルーム ユース・アンバサダー」を企画しました。森美術館の展覧会では音声ガイドや作品解説をキュレーターが自分たちで書きますが、「若い世代の方たちが、自分たちの作品、自分たちの展覧会と思ってくれたらどんな解説をつくるか」ということに取り組んだもので、中学生から大学院生の参加者たちがキュレーターや美術館スタッフと一緒に、約1ヶ月以上かけて音声ガイドをつくりました。まずは現代アートとは何かを問う座学から始まり、鑑賞ツアーに参加し、フリーディスカッションを行う。例えば、虫を使う作品に対して「制作のために虫の生死を扱ってもいいのか」「倫理についてどう思うか?」など個々の疑問を形にし、「わからない」という素直な思考もそのまま音声ガイドにしました。参加者は4日間を共に過ごし、お昼のお弁当もみんなで一緒に食べる。大事にしたのは「一人ひとりが作品に出会うことをやってみよう」という試みです。

学校プログラムは、参加する生徒の年齢・科目・学校や参加背景などに合わせてオーダーメイドで企画しています。教育にフォーマットはないので、先生や教育手法もみんな多様ですね。例えば、国語の先生であれば鑑賞後に感想文を書いて朗読するカリキュラム、総合学習の場合は美術館職員の働き方を学ぶなど。

プログラムでは美術館の体験もしてもらいたいので、それは別に国語とか社会だとかのひとつの科目に収まっていなくていいと思っています。参加者が普段から考えている思考や興味があることから、展覧会をどう調理できるか。自分たちのこととして考えられるようにしたいと思いながら、取り組んでいます。

──先生からすると、一緒に考えてつくるのは忙しさに拍車をかけるので負担になりそうという見方もできます。その点はいかがでしょうか。

むしろ一緒に考えて対話をして、相手を知っていないとプログラムはつくれない。相手のことを知らないとアートって暴力になると思うんです。例えば被災地からいらっしゃった方たちに被災を記録した写真を見せたらどう思われるか。先生たちが何に興味があって何がわからないと思っていらっしゃるのか、会話することが必要です。パッケージングしないほうがいいと思っています。

2023年7月28日開催 学校と美術館のプログラム((「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館、東京、2023年)
撮影=田山達之 画像提供=森美術館

ラーニング・キュレーターが示す意味

──「ラーニング・キュレーター」という肩書きは他の美術館であまり見聞きしませんが、お話を聞いているとすごく納得感がありました。

エデュケーション[教育、教える]ではないと思っています。ラーニング[学び]をキュレーションする…という仕事内容に合った肩書きに変えました。館のなかではそれに対して「変えなくてもいいんじゃないか」「クリエイティブ・ラーニングのほうが適切ではないか」などの意見もあって、2年間くらい議論していました。知識を提示するのではなく、学びや交流のプラットフォームとしての美術館でありたいと考えています。

──こうした意識は海外の美術館にもあるのでしょうか?

肩書きをラーニング・キュレーターに変えた2016〜17年頃、先行事例としてあったのはイギリスですね。マンチェスターのウィットワース・アート・ギャラリー(*3)、マーゲイトのターナー・コンテンポラリー(*4)、そしてテート(*5)の3館を中心に回って情報交換をしました。

例えばウィットワース・アート・ギャラリーでは、フォーマル/インフォーマルの活動をそれぞれどうやっていくべきか自覚的。ガーデンキーパーがラーニング・プログラムの一部を担っていて、多様なことを横断的に学び合う状況をつくっています。テートの初代ラーニング・ディレクターも「壁を壊そう!」とよく言っていました。

2023年6月25日開催 アート・キャンプVol.10「ワールド・クラスルーム ユース・アンバサダー」第4回(「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館、東京、2023年)
撮影=田山達之 画像提供=森美術館

美術館のラーニング・プログラムは、教育に何をもたらすか

──「ワールド・クラスルーム」というタイトルから、歴史や文化を超えた総合学習的な展覧会をイメージしていましたが、意外にも「国語・算数・理科・社会……」と具体的なテーマ設定がされていたことに驚きました。ここにはどのような狙いがあったのでしょうか。

現代アートは、特定の国や言葉で見方を縛ることができません。そう考えると、教育のあり方はところ変わればという感じもありますし、誰がどういうふうに語るかによっても変わるので、決して一つのフォーマットではないです。私たちとしては、様々な教科に対応させることで、そのプラットフォームとして少しでも貢献できればという思いがありました。

──美術館あるいは白木さんの個人的なビジョンとして、美術館のラーニングにおいてもう少し実践していきたいと考えていることや、今後の課題があれば教えていただけますか。

やりたいことはたくさんあります。一つは、ラーニングに来てくれる人の居場所をつくりたい。20年続けてきて、おかげさまで本当に意識の高い参加者が集まってくるようになりました。美術館がサードプレイスになりうるとすると、その子たちにとって自分が声を出してもいいと思える場でもあり、他者の声を“聞く”場でもあるといいのかなと思います。アーティストと一緒に聞くとか、作品を別の視点で見ている人から話を聞くとか、美術館はそういうことがしやすい場だと思います。

2023年5月14日開催 アート・キャンプVol.10「ワールド・クラスルーム ユース・アンバサダー」第1回(「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館、東京、2023年)
撮影=田山達之 画像提供=森美術館

二つ目には、やはり都心と地方とで経験できることの差がどうしてもあるのを解消したい。たとえばオンラインによる体験を地域に届けるプログラムや出張授業など、美術館の体験を届けられる取り組みをもっとしていきたいです。具体的な解決策は、美術館としての働きかけはもちろん、学習指導要領のような公的な文化政策あるいは教育政策もあるかもしれません。これまで教育がやってきた領域に、美術館の入っていく余地はあるのではないかと思います。


撮影=御厨慎一郎

白木栄世

森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター。熊本県熊本市生まれ。2006年武蔵野美術大学大学院修了。2003年より森美術館パブリックプログラム・アシスタントとして勤務。2017年より現職。森美術館の展覧会に関連するシンポジウム、ワークショップ、アクセスプログラム、学校プログラムなど、ラーニング・プログラムの企画・運営を行う。