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Archived no.006
REPORT

鑑賞レポート
水戸芸術館鑑賞プログラム「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」で考える、ミュージアムと地域コミュニティ、ケア

水戸芸術館では親と乳幼児で展覧会鑑賞の機会をサポートするプログラム「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」を行なっている。5月まで開催されていた展覧会「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術」での内容をレポートする。
聞き手=田尾圭一郎 構成=野村慶子

水戸芸術館では、2005年より鑑賞プログラム「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」が展覧会とあわせて行われている。子ども向けのラーニングプログラムは全国的にも多いが、乳幼児も含めた親子の鑑賞プログラムは例が少ない。「作品に触れてしまうかもしれない」「静かに鑑賞できないのではないか」……など安全面の観点から未就学児をもつ親にとって美術館は垣根が高く、鑑賞機会は減ってしまいがちだ。特に母親は傾向として育児に割く時間が長く、その傾向も顕著だろう。

5月まで開催されていた企画展「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術―いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?―」は、ケアにまつわる行為とその担い手について、現代美術作家15組の作品を手がかりに問いを投げかけた展覧会だ。

ケアと深く関わるこの企画展と「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」をあわせて取材することで、また見えてくることもあるのかもしれない。鑑賞プログラムは誰のケアを促すのか? そして本展はケアをどのように読み解こうとしているのか?

展示風景より、AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]《わたしは思い出す》(2021)。「文字がいっぱいある!」と楽しそうに見てまわる子どもたち

「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」とは?

水戸芸術館では、年度を越えて継続開催しているプログラムとして「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」を始め、多くの人が足を運んでくれるようなシステムを積極的に導入している。本プログラムは出産を機に美術館へ足が遠のいてしまっている人たち向けに、水戸芸術館の「ATMフェイス(館内案内係)」のなかから子育て経験を持つスタッフを中心とした有志及び市民ボランティアスタッフのサポートを受けながら展覧会鑑賞を行うことができるというものだ。

動画作品を子どもと鑑賞するスタッフ。同じ目線の高さで同伴することが心掛けられている
本間メイ《Bodies in Overlooked Pain(見過ごされた痛みにある体)》(2021)

「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」は、ただ子どもと一緒に展覧会の鑑賞ができるだけでなく、細かい点にまで配慮がされている。例えば、駐車場でベビーカーを出すとそのまま美術館の入口まで案内してもらえ、チケットを購入するあいだも子どもがいなくならないように付き添ってもらうことができる。常に子どもの目を見て話しかけながら展示室を案内してもらえる。また、プログラムに参加する1組につき複数名が担当するため、親にもスタッフが付き、マンツーマンで展示のガイドをしてもらうことができる。

韓国の美術家ホン・ヨンインの《アンスプリッティング》は、家庭や工場で働く労働者の写真を基につくられた振り付けを公募で集まった参加者が上演するパフォーマンス作品であり、当展では公演のドキュメンテーションと使用された布や小道具が展示されていた。参加した子どもたちはその布を見て「赤が好き」「この茶色が好き」など口々に言っていた。

作品に込められた意図や背景を幼児が理解することは難しいかもしれないが、各々に自由な鑑賞を楽しみ、スタッフがそこに寄り添う。取材時にいた4歳・2歳の子どもは、展示されている作品をそのまま「モノ」として捉え、それを「好き・嫌い」「面白い」「きれい」「知っている・知らない(見たことがない)」という平易な言葉で表現していた。

展示風景より、子どもたちが見上げていたホン・ヨンインの《アンスプリッティング》

「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術」という企画展のタイトルに含まれている、ケアをする行為である「ケアリング」と、母親である期間・状態を指す「マザーフッド」というこの2つの言葉は、これまで「母親が育児や介護をする」といった社会的な慣習から、長く強い結びつきが存在してきた。

しかし本展ではこの2つの言葉を「/」で区切っており、この2つの結びつきを解きほぐし、ケアを私的領域から社会的つながりへと意識づけることを目的とされている。

さらに言えば、「いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?」という問いかけは、誰もがさまざまな場面でケアと関わっている、という“ケアの多元性”を示唆している。いつ、どこで、誰が(自分が)、関わることの可能性があるという点、そして「ひとり(ケアする人)」が担うのでなく社会として担うという意識を指しているのである。

「親子プログラム」に参加した子どもたちもまた、“親子”の関係性を(「/」のごとく)解きほぐし、プログラムのスタッフとともに再構築しているように感じられた。

展示風景より、保育士の労働運動を追った碓井ゆい《要求と抵抗》(2019)愛知県美術館蔵

いまよりもう少し開かれた美術館を目指して

水戸芸術館現代美術センターで「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」を担当する中川佳洋によると、本プログラムは美術館が開かれた場所になることを目指して企画されたという。そのため、「子どもに展示を見せたい」「子どもと見たい」「子どもを預けてゆっくり見たい」……といった、未就学児の親子に内在する多様なニーズに柔軟に応えるため、複数人のスタッフが参加者に同行する。

「いまこうして美術館に来てくださっている人たちよりも、もう少し遠くの人、つまり美術館を人生のパートナーと思ってもらえていない人にも美術館を利用してもらえるようになりたい。そのために、こうやって一つひとつの声に応えていきたいなと思っています」と中川は答えた。

水戸芸術館では、これ以外にも幼稚園・保育園の年長クラス向けの鑑賞ツアーや造形ワークショップ、高校生が自主的に美術館と関わりをもつ「高校生ウィーク」、シニア層向けの連携事業など、様々な年代を対象にプログラムを展開している。

「教育プログラム担当者の中で、2022年によく話題にしていたのは『どうやって、また美術館に戻って来てもらうか』でした。来館者はもちろんボランティアの方々も楽しさを思い出し復活してくれるだろうか、と不安を抱えていました。しかし、実際には美術館だけが『戻る』という感覚だったのかなと思います。元来、コロナ以前から世代は代わっていくものですし、ボランティアや高校生も新しい人がどんどん来てくれる。美術館と地域の関係性も新陳代謝していて、新しい人たちに声をかけ続けることの大切さを改めて感じました」。

実際、今回の展覧会場でも、子連れを始め若い人たちや車椅子を押す人など、さまざまな年代、性別、属性の人たちが訪れていた。今回のテーマゆえにさまざまな人が集まったとも言えるが、これは水戸芸術館のさまざまな人へのサポートの仕組みがあってこそとも言える。

中川は今後、鑑賞だけに限らず創作を機に集う人たちをつないでいきたいとも話す。「鑑賞と創作は表裏一体で、両方があることで文化的な暮らしはより豊かになります。素材があって自由につくれて、その場を動かす人がいることが大事。その場があっても、人を集めたり促したりする人がいないとその場は機能していかないので、水戸芸術館がその役目を担えるように、と思います」。

実際に同館では、「造形実験室」という取り組みをはじめた。設けたテーマに沿って毎月様々な素材や道具から作品をつくっていく。

「完成してもしなくても、上手くても下手でもいいんです。当初子どもを対象に想定していましたが、実は同伴の親も楽しんでいます。ものづくりは大人も楽しめる。これを、展覧会の会期が終わっても続いていくフラッと寄れる場所にしていきたいと思っています」。

博物館法改正やリスキリングといった時代の変化、美術館に求められる役割の変化に率先して美術館を開いてきた水戸芸術館の、今後の取り組みにも期待していきたい。

「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」での特設造形室にて制作遊びをする子どもたち。ここではスタッフに子どもを預かってもらうこともでき、その間に親は展示をじっくりと鑑賞することができる

Information

ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術
―いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?―
場所:水戸芸術館現代美術ギャラリー
期間:2023年2月18日〜5月7日(終了)
URL:https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5188.html