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Archived no.002
連載 / INTERVIEW
連載|「親子[artists]の関係性の美学」vol.1 永山祐子

俯瞰と経験のあいだを、
やわらかく行き来する永山祐子

アーティストとその子どもの関係性において、両者の豊かな創造性はどのように共鳴し合うのか。純粋な親子とは異なるその交わりを聞く連載の第一回は、国内外で大規模なプロジェクトを手がける建築家・永山祐子。彼女は、豊島横尾館をはじめ、ドバイ万博の日本館や新宿の東急歌舞伎町タワーなど、多岐に渡る建築を手掛けている一方で、2人の子どもの母親でもある。アーティストとしての子供と、彼女はどのように向き合っているのだろうか。その関係性について話を聞いた。

母としての永山祐子

──お子さんはいまおいくつですか。

永山祐子(以下永山) 上の男の子が小学4年生、下の女の子が小学3年生です。2人とも、とにかく元気。性格は違いますが、アクティブさや絵を描くことが好きな点は共通していますね。

──お子さんたちには普段からアートに触れる機会をつくっているのですか。

永山 家族で美術館に行ったり、夫の作品展や私の展覧会に連れて行って、なるべく仕事を見せるようにはしています。特に建築は実際に見ることが大事なので、なるべく現地で見せてあげたいなと思っています。この前は、(永山が設計を手がけたドバイ万博日本館を見せに)ドバイに連れて行きました。その場ではあんまり反応が分からなかったのですが、帰ってきてから他の人に説明していたり、たまに私の設計した建物を見て友だちに「あれ、ママがつくったんだよ」と説明しているときもあって、実は彼らなりに理解しているのかなと感じることもありますね。
子どもたちには建築について細かい説明をするというよりも、ビルや建築など世の中にある様々なものは、誰かが考えデザインしたものなんだということをずっと説明してきました。良し悪しや好き嫌いよりも、そうやって世の中ができていることをまずは伝えておきたいです。

──日頃、お子さんたちとはどのように過ごされていますか。

永山 平日は夜が遅いので、一緒にご飯食べることもほとんどないです。ただ夜の日課として、ほぼ毎日寝かしつけで絵本を読んでします。未だにそうしないと眠れないらしいです。私が22時過ぎぐらいに帰ってくると「ママ帰ってきた!ご本読んで!」と言ってせがむので、本を読みながら私も眠くなってしまいます。その後でもう1回起きて色々片付けて……というのは少なくないですね。

よく読むのは、マウリ・クンナス(※1)というフィンランドの人の絵本です。子供たちはその作家の絵本がすごく好きで、たくさん持っています。絵が細かく丁寧に描かれていて、子どもたちもストーリーを追うというより、見ているのが好きみたいですね。細部を見て観察して、すごく楽しそうです。

週末は一緒に過ごしていますが、平日はバラバラなのでむしろ非日常感があります。大したことはしないですが、アニメ映画などを「一緒に見よう!」とよく言われます。彼らも私も何度も見ている映画で面白いシーンもわかっているのに、一緒に笑ってほしいみたいで「ここ見て! ここすっごい面白いから!」とよく言われます。一緒に大笑いしたりするのも好きで、一緒に笑いこけています。私、実は家ではボケキャラ扱いというか、「ママ、ウケる!」と言われがちなんです(笑)。雑誌などによそ行きの顔で出ている私を見て、「雑誌祐子だ」とか言われたり(笑)。そういうのが子供たちも楽しいみたいで、その話を後日、私の母やシッターさんによく話しているようです。

──お子さんたちも、何かつくったりすることがお好きなんですか。

永山 2人とも小さい頃から絵を描くことがすごく好きで、気がつくと絵を描いていますね。うちの夫はアーティストですが、絵を技術的に描けるようになるのは後からでもできるからいまは教えたくないと言っています。だから、彼らは独自の描き方で興味のあるものだけを描いていて妙な部分が誇張されたりもしていますが、すごくオリジナリティがあります。そういう絵って大人になると色々考えてしまって描けないですよね。だからこそ、子どもの絵はすごいなと思います。

絵を描く永山祐子の兄妹

それぞれの表現をもつ兄と妹

──クリエイターあるいはアーティストとしてお子さんたちを見ると、どのような表現者だと思われますか。

永山 息子は毎日のようにキャラクターを描いていますが、別に誰にお願いされるでなく、誰かに見せるでもなく、自分のためだけに描いているんですよね。私がそれを誰かに見せようとすると「見せないでよ」とも言います。見せるためでなく、それを使って自分の想像の世界で遊びたいだけなんですよね。そこがすごくはっきりしているなと思います。いっぽうで妹は、ストーリーをきちんと描いて、ひとつの表現に仕上げるタイプです。兄のように頭の中で遊ぶのではなく、模造紙に描いて自分なりの大きさに製本して、ペンネームのような名前も載せます。誰かに見せることを想定しているようです。兄弟でまったく違っているので、本当に面白いです。

──ちなみに、永山さんはどちらのタイプなのですか。

永山 うーん、どちらもあるけれど、小さいときは息子と同じタイプでしょうか。息子は外ではとてもアクティブで友達とたくさん遊ぶのですが、家に帰ってひとりになると絵を描き出します。頭の中で物語をずっと続けているみたいですね。昔、息子が寝る前に「テレビみる」と言うので「もう寝る時間だから見れないよ」と言うと「頭の中で見るんだよ」と言われました。私も小さい時に「眠る前に今日はナウシカを見よう」と決めて、頭の中で映画を再生してたんです。振り返れば、頭の中で物語を考える息子と少し似ているところがあるなと思います。いまは人と建築を通してストーリーを共有しているとも言えるので娘タイプともいえます。

──建築というお仕事も、頭の中でストーリーをつくる感覚はあるのでしょうか。例えば群馬・前橋に建てられた「JINS PARK」は、動線やそれぞれの場所からの視野が丁寧に意識された作品に感じられます。そういったストーリーが頭の中で繰り広げられていたのでしょうか。

永山 そうですね。例えば「こういう風にエントランスから入ってきて、中をこう歩いて行って……」というように、経験を軸に考えていく部分はあります。頭の中で建物内の人の動きを考えて、それを設計で組み立てていく感じですね。例えば建物の中に入ってパッて見上げると何が見えて、自分だったら、ある日はこっちに行くだろう、別の日はあっちに行くだろう。ある人はこうやって動くだろう、子どもはこう動くだろう……と、それぞれのシチュエーションを想像して追体験する。経験する自分と設計する自分を行き来するような感覚ですね。もちろんCGも活用しますが、CGはスタッフにつくってもらって、私はつくらないんです。私は頭の中で全部イメージして、それをスタッフに伝えて実際にCGにしてもらいます。実際に見てみると、「あ、なるほどね、この辺がこうなるのか」と調整したりもします。俯瞰をする自分と経験する自分は、考えてみたら、ふたりの子どもたちと重なりますね。兄は毎日経験を繰りかえし、妹は俯瞰してストーリーを組み立てる。

JINS PARK 前橋 ©️阿野太一 + 楠瀬友将

アーティストの家族に囲まれて

──息子さんは自分のために描くタイプとのことですが、建築という仕事も、自分のためという要素はあるのでしょうか。

永山 基本的に建築の場合は、依頼があって仕事が発生するので、自分がこうしたい!ということよりも、様々な条件に対して私の考えとスキルで応えたい、という気持ちのほうが強いです。自分の思いを形にするというアーティスト的な発想は私自身にはなくて、ある状況やある場面において、建築がきちんと役割を果たすことを大事にしています。そのシチュエーションの中から自分なりに面白いポイントを見つけ出し、そこから発想していくという感じです。そのほうが自分の想像を超えたものができる気がします。

そういう意味で言えば我が家は、夫と子どもたち2人がアーティスト気質ですね。私はそれを見て、「なるほど、自分から湧き上がる思いでつくるってこういうことなんだ。面白いな」と思って見ていることが多いです。

──家に3人のアーティストがいることで、永山さんご自身も影響を受けることがあるのでしょうか。

永山 彼らを見ていたからというのと、私自身がそういうタイミングに来たからかなと思う部分もありますが、「こうしたい」と自分から思うことは増えてきました。「自分の仕事はここまでだけど、全体を考えたらこうした方がいい」とか、「このアイデアはこちらでも展開できる」だとか、自分の中から提案が生まれるようになってきたなと思います。今後は、提案型のお仕事も少しずつ増やしていきたいですね。例えば、あるプロジェクトでドバイ万博の日本館のファサードを日本に持ち帰って転用する予定があるのですが、これは私から提案しました。最初は不可能に見えた計画だったのですが、様々な方の賛同を得て可能になりました。これは、誰かに頼まれたのではなく、私がそうしたい、そうするべきだと思ったことでした。

夫は、誰にも頼まれていないのに「これをやろう」と声をあげられる人です。それを見て、誰かが声を上げてプロジェクト化するって面白いなと思いましたし、子どもたちにも「自分がいいと思ったことを実現できる世界」というのを見せてあげたいですね。

2020年ドバイ国際博覧会 日本館 ©︎2020年ドバイ国際博覧会 日本館

アート思考を携えた未来

──建築家は、物質(建築)を媒介としますが、その背景にあるコンセプトは普段どのようにつくられているのでしょうか。

永山 建築において、私はコンセプトを「乗り物」と言っています。設計していく際は、そのコンセプトを言語化することで、全体像や象徴的な部分が見えてある程度のステージまで行くことができるんです。そこから先は詰めていきながら、最初に乗った乗り物ではないほうがいいかもしれない、となったらすぐ乗り換えるし、コンセプトの言葉も替える。その都度良いほうにチェンジしていって、最終的に納得できるものができ上がります。

だから言語化というのは、建築においてはとても大事なツールですね。言語を超えた美しさや、普遍的な美しさももちろん建築にはあると思いますが、時代ごとに求められているものはやっぱり違いますし、この時代になぜこれが良いのかという言語での説明も重要ですよね。

でもいまは、そういう「言葉」を使う機会が減っていると思います。取り扱い説明書を読まずに動画でつくり方を見たり、ゲームが上手な人のYou Tube実況を見るだけというのが増えていますよね。動画のほうが理解が早くても、言葉の力が弱くなっているのではないか、論理的な理解力や言語化能力が弱まっているのではないか、と少し危惧しています。

──いっぽう、世間では“アート思考”が注目されており、直感的な思考が尊重されています。建築家として永山さんは、アート思考についてどのようにお考えですか。

永山 夫は「アートって魔法の言葉だから、アートの箱に入れてしまえば何でもできるようになるかもしれない。これがアートの良さだ」と言っているのですが、私もそう思います。自分たちの論理を超えたところにジャンプする力は大事ですよね。「アート思考で考えて、とりあえずやってみましょうよ」という免罪符にもなる。特に、建築や都市開発のような合理性を重んじる世界で、アートというブラックボックスを投げ込むのは面白いなと思いますし、そういう組み合わせ方に新しい可能性を感じています。

──そういうバランス感みたいなものを、育児と仕事を通じて掴んでいかれているのかもしれませんね。ありがとうございました。

永山祐子(ながやま ゆうこ)

1975年東京生まれ。1998年昭和女子大学生活美学科卒業。1998−2002年 青木淳建築計画事務所勤務。2002年永山祐子建築設計設立。2020年~武蔵野美術大学客員教授。主な仕事、「LOUIS VUITTON 京都大丸店」、「丘のある家」、「カヤバ珈琲」、「木屋旅館」、「豊島横尾館(美術館)」、「渋谷西武AB館5F」、「女神の森セントラルガーデン(小淵沢のホール・複合施設)」「ドバイ国際博覧会日本館」、「玉川髙島屋S・C 本館グランパティオ」、「JINS PARK」など。ロレアル賞奨励賞、JCDデザイン賞奨励賞(2005)、AR Awards(UK)優秀賞(2006)「丘のある家」、ARCHITECTURAL RECORD Award, Design Vanguard(2012)、JIA新人賞(2014)「豊島横尾館」、山梨県建築文化賞、JCD Design Award銀賞(2017)、東京建築賞優秀賞(2018)「女神の森セントラルガーデン」、照明学会照明デザイン賞最優秀賞(2021)「玉川髙島屋S・C 本館グランパティオ」など。 現在、東急歌舞伎町タワー(2023)、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進行中。
http://www.yukonagayama.co.jp